東京地方裁判所 昭和42年(ワ)6068号 判決 1970年4月27日
原告
平野久男
被告
株式会社光和組
ほか一名
主文
被告らは各自原告に対し金二五〇万円および内金一三〇万円に対する昭和四二年六月二四日以降、内金一二〇万円に対する同年一一月一日以降、各支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。
この判決は、原告勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。
事実
第一、請求の趣旨
一、被告らは各自原告に対し金四三四万〇、三四八円および内金三〇八万円に対する昭和四二年六月二四日以降、内金一二六万〇、三四八円に対する昭和四三年一一月一日以降、各支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
二、訴訟費用は被告らの連帯負担とする。
との判決および仮執行の宣言を求める。
第二、請求の趣旨に対する答弁
一、原告の請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
第三、請求の原因
一、(事故の発生)
原告は、次の交通事故によつて傷害を受けた。
(一) 発生時 昭和三九年六月一〇日午後一一時三〇分頃
(二) 発生地 神奈川県横浜市戸塚区俣野町七〇〇番地横浜ドリームランド建設現場の通路
(三) 加害車 事業用自動三輪車(品川六あ〇一八九号)
運転者 被告 斉藤
(四) 被害者 原告 (歩行中)
(五) 態様 原告は、深夜建設現場に進入しようとして来た右自動車を検問しようとして所携の懐中電灯を振つて停車の合図をしたが、被告斉藤は右合図を見落し、そのまま減速しないで進行し、原告が停車させようとして車の進路へ出ようとした際、ハンドルを左へ切つて避けようとしたが間に合わず、右前フェンダーを原告に接触させて同人を転倒させた。
(六) 被害者原告は胸部および頭部打撲、肋骨骨折等の傷害を受け、約一ケ月横浜国立病院に入院した後、新宿病院、慶応病院、関東労災病院等に通院して整形外科脳外科等の治療を受けたが、全治するに至らない。
(七) また、その後遺症として、頭部腰部等に著明な疼痛があり、平衡機能障碍等の症状に悩んでいる。その後遺症は、労働基準法施行規則別表第二身体障害等級表の第三級に該当する。
二、(責任原因)
被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故により生じた原告の損害を賠償する責任がある。
(一) 被告会社は、加害車を所有し自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任。
(二) 被告斉藤は、事故発生につき、次のような過失があつたから、不法行為者として民法七〇九条の責任。
すなわち、原告が停車の合図をしているのであるから、その動静に注意して減速徐行し、いつでも停止できる状態で運転すべき業務上の注意義務があるにも拘らず、右注意義務を怠り、路面の状態にのみ心を奪われ、原告の合図を見落し、慢然と運転した過失。
三、(損害)
(一) 逸失利益
原告は、前記後遺症により、次のとおり、将来得べかりし利益を喪失した。その額は二九九万三、四四〇円と算定される。
(事故時) 五〇歳
(稼働可能年数) 一三年
(労働能力喪失の存すべき期間) 一〇年
(収益) 清水建設株式会社横浜ドリームランド建設作業事務所勤務の警備員として月収二万五、四〇〇円
(労働能力喪失率) 一〇〇パーセント
(右喪失率による毎年の損失額) 三〇万四、八〇〇円
(年五分の中間利息控除) ホフマン複式(年別)計算による。
(二) 慰藉料
原告の本件傷害による精神的損害を慰藉すべき額は、前記の諸事情に鑑み二〇〇万円が相当である。
(三) 損害の填補
原告は清水建設株式会社および労災保険から昭和四二年一〇月三一日までの休業補償費として既に六五万三、〇八二円の支払いを受けた。
(四) (結論)
よつて、被告らに対し、原告は四三四万〇、三四八円および内金三〇八万円に対する訴状送達の日の翌日(被告会社についてはそれ以後の日)である昭和四二年六月二四日以降、内金一二六万〇、三四八円に対する請求の趣旨拡張の書面送達の日以後の日である昭和四三年一一月一日以降支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第四、被告の事実主張
一、(請求原因に対する認否)
第一項中(一)ないし(四)は認める。(五)は否認する。(六)(七)は知らない。
なお、原告主張の症状ありとするも、本件事故との因果関係は否認する。
第二項中(一)は認める。(二)は否認する。
第三項は不知。
二、(事故態様に関する主張)
本件事故現場付近は、道路として整備されたものではなく、当時横浜ドリームランド建設のために、土砂、建設材料等を運搬する自動車を通行させる目的で丘陵地を切り開いたもので、その断面は三層の階段状を呈しており、その中央部分が専ら自動車通路になつていたが、表面の凹凸が極めて激しく、自動車は時速一〇粁程度しか速度を出せなかつた。
被告斉藤も時速一〇粁未満の速度で進行していたところ、原告は、突然、凹凸を避けて蛇行する加害者の前にとび出して来て、加害者の右サイドランプに接触したものである。
三、(過失相殺)
右のとおりであつて、仮に被告斉藤に過失ありとするも、事故発生については被害者原告の過失も寄与しているのであるから、賠償額算定につき、これを斟酌すべきである。
第五、抗弁事実に対する原告の認否
原告の過失は否認する。なお、道路に凹凸があり蛇行しなければならなかつたことは争わないが、被告斉藤の運行速度は時速約三〇粁であつた。
第六、証拠関係〔略〕
理由
一、(事故の発生)
請求原因第一項(一)ないし(四)の事実は当事者間に争いがない。そこで、本件事故の態様について判断する。〔証拠略〕によれば、横浜ドリームランド建設現場の通路を正門方面から矢島建設事務所方面へ向つて加害車を運転していた被告斉藤は、路面の凹凸に気をとられて原告の懐中電灯を振廻しての停車合図に気づかず、加害車の右前部を原告に衝突させたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない(証拠判断は、二の(二)参照)。
次に、原告の傷害の部位程度について判断する。〔証拠略〕によれば、原告は本件事故により、脳震盪症、外傷性頸髄損傷、胸部打撲、肋骨骨折の傷害を受け、事故当日から昭和三九年七月八日まで国立横浜病院に入院し、その後柳町病院、新宿病院、慶応義塾大学病院、関東労災病院に通院しその間、昭和四二年三月頃に約一ケ月済生会中央病院に入院したが、全治するに至らず、頭部外傷後遺症の程度は、労災保険身体障害者等級表第三級に該当することが認められる。なお、〔証拠略〕によれば、原告には左大腿骨骨折のあることが認められるが、〔証拠略〕によれば、これは伊勢丹デパート内でつまずいて転んだためのものであることが認められ、本件事故との因果関係は認められない。又、被告らは、本件事故と傷害の結果との因果関係を抗争するのであるが、〔証拠略〕によれば、原告には事故当時既に骨粗鬆症が慢性的に進行していたことが認められるが、これを以て右因果関係を否定することはできない。尤も、慰藉料の算定においては骨粗鬆症の点を斟酌することにする。
二、(責任原因と過失割合)
(一) 被告会社が加害車を自己のために運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。
(二) 被告斉藤の過失について判断する。〔証拠略〕によれば、本件事故現場付近の道路は、幅員約七米の歩車道の区別のない工事中の道路であり、正門方面から矢島建設事務所方面へ向つて左側にドリームランド外週遊覧電車線があり、左へわずかに屈曲しており見透し得る距離は約五〇米であること、原告は清水建設株式会社横浜ドリームランド建設工事現場の警備員として巡回中、加害車が正門方面から矢島建設事務所方面へ向つて時速約三〇粁で進行して来るのを認めたため、道路右端付近で赤白二色の懐中電灯のボタンを強く押して赤色光を出して停車の合図をしたにも拘らず、被告斉藤は路面の凹凸に気をとられて原告の停車の合図を見落し、至近距離に接近して原告を発見して急制動措置をとるいとまもなく、ハンドルを左に切つて避けようとしたが加害車の右前部を原告に衝突させたことが認められる。被告らは、原告が加害車の直前へ出て来た旨主張するが、被告斉藤の供述は、加害者の速度について刑事事件の捜査官に対しては時速三〇粁と述べている(甲第八号証)のに対して、被告本人尋問の際には二〇粁と述べ、又、原告の動作について、実況見分の際には「原告が急に直前に馳け出した」と述べているのに対して、検察官に対しては「よろよろと出て来た」と述べ(甲第一三号証)、被告本人尋問の際には再び「馳けて来た」と述べており、更に、原告との距離について、検察官に対しては「前方四、五米のとき」と述べている(甲第一三号証)のに対し、被告人尋問の際には「二米前」と述べている等、余りにも供述調書中、事故の態様に関する部分は到底措信できない。他に、前記認定事実を覆えすに足りる証拠はない。
右事実によれば、被告斉藤は前方および左右を注視しなかつた過失が認められる。
(三) ところで、前記証拠によれば、原告は加害車を見ていながら、加害車が停車してくれるものと軽信して漫然として衝突を避けなかつた過失が認められる。そして、被害者・加害者の過失割合は、原告三、被告斉藤七を以て相当と認める。
三、(損害)
(一) 逸失利益
〔証拠略〕によれば、原告は大正二年九月一五日生であることが認められるから、原告は昭和三九年六月一〇日の事故当時満五〇歳であり、〔証拠略〕によれば、原告は本件事故当時清水建設横浜ドリームランド建設(土木)工事作業所に警備員として勤務し、過去三ケ月間の平均月収は二万五、一九三円であつたことが認められる。ところで、原告は前記の如き後遺症により、労働能力を一〇〇パーセント喪失したものと認められるが、原告には前記の如く骨粗鬆症が事故当時からあつたものと認められるので、原告の職種をも勘案して、稼働可能期間は六〇歳までと認める。
ところで、昭和四二年一〇月三一日までの休業補償を受けていることは原告の自陳するところである。したがつて、原告の填補されていない逸失利益は、昭和四二年一一月から原告が満六〇歳となる昭和四九年の一〇月までの七年間分であり、年毎の複式ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除すると、逸失利益の現価は、二万五、一九三円を一二倍して年収を出し、それに七年のホフマン式係数五・八七四三四一九二を乗じた額、すなわち一七七万五九〇七円となる。しかし、原告には前記の如き過失が認められるので、被告らに賠償せしめるべき金額は一二〇万円を以て相当と認める。
なお、填補済みの休業補償は、労働者災害補償としてなされていることを考慮し、過失相殺の対象としない。
(二) 慰藉料
本件事故の態様殊に過失割合、原告の傷害の部位程度、原告は事故当時骨粗鬆症であつたこと、その他諸般の事情を総合勘案して、原告の慰藉料は一三〇万円を以て相当と認める。
四、(結論)
よつて、被告らは連帯して、原告に対し二五〇万円および内金一三〇万円(慰藉料)に対する訴状送達の日の翌日(被告会社についてはそれ以後の日)であることが記録上明白な昭和四二年六月二四日以降、内金一二〇万円(逸失利益)に対する逸失利益算定の基準日である同年一一月一日以降各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、右の限度で原告の本訴請求を認容し、その余の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 篠田省二)